自動車の歴史 Part2-9
自動車の歴史トップ

自動車の歴史 Part1
1)自動車の起源
ニコラス・キューニョー
蒸気自動車
2)自動車輸送の問題
レッドフラグ法
3)自転車
内燃機関エンジン
4)マルコス
エンジンの進化
5)空気タイヤ
燃料

発展期 Part2
1885-1918
ヨーロッパ大陸
1)ダイムラー:
最初のモーターバイク
ダイムラーとベンツ

2)ベンツ:最初の車1
3)ベンツ:最初の車2
4)マイバッハとメルセデス
5)フランスの自動車
6)電気自動車
アメリカ合衆国
7)歓迎される自動車
アメリカの開拓者達
8)ヘンリー・フォード
Tモデルと大量生産

英国
9)自動車時代への参加
パイオニア
Vauxhall
10)英国社会と自動車
11)ロールス・ロイス
オースチン
ウィリアム・モリス

12)運転免許と登録証


自動車の歴史 Part3
自動車の歴史 Part4

英国

【自動車時代への参加】
英国の石炭産業分野は蒸気期間エンジンの開発に対して大きなアドバンテージを与えたが、内燃機関エンジンの開発においては逆に作用したと言ってもいいかもしれない。Part1-2ページに紹介されたように、レッドフラグ法やその他の様々な問題によって英国におけるガソリン自動車の開発の取り組みに遅れを取ったことは否定できない。
1896年は英国の自動車史にとっては忙しいい年となった。この年、ついにレッドフラグ法は廃止になり、取り残されていた英国もやっと自動車時代の幕開けに参加が可能になった。33人の英国および外国のドライバーがロンドンからブライトンへの自動車レースを開催してその変革を祝った。このレースはその後、英国の自動車レース界の恒例の年中行事となった。最初のレースでは4時間弱のタイムでフランス人ドライバーのレオン・ボリーが優勝を飾った。

【英国パイオニア】
1896年の同じ年に、ヘンリー・ローソンはダイムラーの特許を友人のゴットリーブ・ダイムラーから購入して、英国ダイムラー自動車会社を設立した。この会社は、初期のドイツ製のダイムラー車を販売していたという点を除けば、ドイツのダイムラー社とは何ら関係がない。とはいえ、ローソンは英国製のコベントリー・ダイムラーを製造している。
Part-1で英国では初期の多くの自転車業者が自動車業者に発展していったことを説明しているが、これらの会社の中には、前述した以外にもサンビーム車の製造を始めたジョン・マーストンとか、ヒルマン車のウィリアム・ヒルマンなども含まれている。とはいえ、初期の自動車会社の全てが自転車製造会社から出発したわけではなく、純粋に自動車会社として出発した会社も多くある。ナピア (Napier:1899)、スタンダード (Standard)、アームストロング(Armstrong)。シドレイ(Siddeley)、アージル(
Argyll:グラスゴー近くに本拠があった1907年までヨーロッパで最大の会社)、バウクスホール(Vauxhall)などである。


【Vauxhall】
アレキサンダー・ウィルソンはロンドンの南のバウクスホールにポンプやテームズ川のタグボート用の蒸気機関エンジンを製造する会社としてバウクスホール鉄工所を1857年に設立した。彼の後を継いだホッジ(F.W.Hodges)はボート用のガソリンエンジンを設計し、後年自動車への活用を実験している。1903年に最初のバウクスホール自動車が150ポンドで売りに出された。
バウクスホールは24歳の若き図面描きのローレンス・ポメロイが加わり、ずっと強力なガソリンエンジンを設計するまでは、あまりこの分野には関心が高くなかった。1904年に会社はルートンのより大きな建物に移転した。移転5年後のこの場所で、世界最初の本格的なスポーツカー:プリンス・ヘンリーが生まれたのである。

charles&frank motorcar

1897年に製作されたローソン・コベントリー・ダイムラーはヨーロッパ大陸のレースに出場したイギリス最初の車となった。ビューリューのモンターグ候がこの車を宇運転し、1899年に開催されたパリーオステンドレースに出場し、3位に入賞している。

ヒル・クライムやラリーもスポーツとして認識されるようになり、モータレースが注目されるようになると、自動車会社は最高速度を得るためにエンジンやスタイルを特別にチューニングしたスポーツカーを設計するようになった。バウクスホールのスポーツカーは熱狂的なスポーツ・モーターリストであったプルシアのヘンリー王子の名前を冠し、プリンス・ヘンリーと命名された。この車はドアなしの4座席で、バウクスホールの商標のデザインの元となった側面に縦溝のあるV型のラジエターを持っていた。このプリンス・ヘンリーの最高速度は120kmにも達し、この車はバウクスホールに成功をもたらした。

トヨタ博物館探訪
charles&frank motorcar

ローバー自転車会社は1904年に左の写真に示す2座席のオープンカーを製作して、自動車会社に転身した。この車は平均時速38km程度で走り、見かけはどちらかというと平凡であった。しかし、後年になるとローバーの自動車は魅力的で高品質の車体で評判を呼んだが、この他にも実際ローバーの車は軽量で、運転しやすく、経済的だった。
また、ローバーの価格は210ポンド程度で多くの数が売られた。