自動車の歴史 Part2-7
自動車の歴史トップ

自動車の歴史 Part1
1)自動車の起源
ニコラス・キューニョー
蒸気自動車
2)自動車輸送の問題
レッドフラグ法
3)自転車
内燃機関エンジン
4)マルコス
エンジンの進化
5)空気タイヤ
燃料

発展期 Part2
1885-1918
ヨーロッパ大陸
1)ダイムラー:
最初のモーターバイク
ダイムラーとベンツ

2)ベンツ:最初の車1
3)ベンツ:最初の車2
4)マイバッハとメルセデス
5)フランスの自動車
6)電気自動車
アメリカ合衆国
7)歓迎される自動車
アメリカの開拓者達
8)ヘンリー・フォード
Tモデルと大量生産

英国
9)自動車時代への参加
パイオニア
Vauxhall
10)英国社会と自動車
11)ロールス・ロイス
オースチン
ウィリアム・モリス

12)運転免許と登録証


自動車の歴史 Part3
自動車の歴史 Part4

アメリカ

【歓迎される自動車】
19世紀後期の段階では、移民下にあった北アメリカは自動車の空白地帯といってもよかった。その多くは鉄道さえ通っていなかった。USAの成長を続ける町の外側では、西部の荒野が至る所に残っており、馬や馬車が旅行の一般的な手段であった。より優れた輸送の手段のニーズがあり、ガソリンエンジンや初期の自動車の開発は熱烈に歓迎された。
USAは自動車を組み立てるのに必要な原材料と自動車を動かす燃料となる石油の豊富な裕福な国であった。ヨーロッパからの移民でアメリカの人口は急速に膨れあがり、すぐに巨大なマーケットが自国内に形成された。特にデトロイトを中心とする中西部は、今日まで残されているように、アメリカの自動車工業の心臓部となっていった。当時、斜陽産業化していた製材業や自転車製造業のような業種から有り余る程の労働力の供給があり、五大湖の海運業やコーンベルト地帯の農業を支えるために技術的な産業素地も既に存在していた。初期の車体の製造に必要だった木材を供給するのに十分な森林もまだ残されていたし、初期の自動車の普及を妨げるような急な丘もなかった。氷河期の氷河によって堆積された砂利は道路の舗装用の良い材料となったし、燃料用のオイルや石炭も地域内で供給できたのである。重要だったのはこの国の自動車の将来を担う開拓者達の技術力と忍耐だけだったと言ってもよい。

【アメリカの開拓者】
アメリカ最初の成功したガソリンエンジンの自動車はスプリングフィールドで1893年にデュリア兄弟(Duryea)によって製作された。その後すぐに、それとは別にアパーソン兄弟自動車会社が生まれている。エルウッド・ハイネスは教職を辞め、インディアナ天然ガス・オイル会社の取締役になったが、馬や馬車に乗るのに嫌気がさし、2人の自転車職人、エドガーとエルマー・アパーソンの力を借りて、自動車製造業へと転身した。他の機械関連業から初期の自動車製造業者に転身したのはハイネスとアパーソン等ばかりではなかった。ランソン・エリ・オールズは蒸気エンジンの製作者だったし、スチューデベーカーは荷車、ピアレスは衣類の絞り機、ビューイックは配管のサプライヤーと港湾技術者から、デュラントは馬車の製造者からの転身であった。
1914年までに、約200の自動車会社がUSAで自動車を製造している。製造業者のリストには、すぐに世界的に有名になった、パッカードやロコモービル、シンプレックス(彼らのガソリンエンジンは1911年という早い段階で電気セルフスターターを装備していた)といった名前も入っていた。アメリカほど急速にかつ飛躍的に自動車に影響を与え始めた世界に感じさせた国はないだろう。アメリカでは急速に自動車がアメリカ式生活の一部になっていった。道路も次々に建設され、北アメリカ大陸時代の幕開けを支える重要な役割を演じた。
アメリカの自動車は頑丈で信頼性があった。また、車体はヨーロッパのモデルよりもずっと大きな傾向にあった。これには2つの理由があった。北アメリカは西ヨーロッパに比べ広大で、移動距離も長かったので小さな車の市場がなかったのが理由のひとつである。もう一つの理由は、アメリカに導入された自動車税は均一で、ヨーロッパのようにエンジンサイズなどによって変わらなかったからである。
charles&frank motorcar

チャールズとフランク・デュリアはアメリカの中西部にあった彼らの農場を離れ、もっと実入りのいい仕事を探して東部に移り、自動車に興味を抱いた。彼らが1893年に製造したこの最初のモデルは誇張なしで馬なしの軽装馬車といったところである。フランクはこの車で1895年に行われた最初のアメリカロードレース、グレート・シカゴレースに出場し、優勝している。そのレースでは6台出場して、完走2台、もう1台の完走車はベンツであった。

トヨタ博物館探訪