自動車の歴史: History of motorcar Part-2.
自動車の歴史 Part2-5
自動車の歴史 Part1
1)自動車の起源
ニコラス・キューニョー
蒸気自動車
2)自動車輸送の問題
レッドフラグ法
3)自転車
内燃機関エンジン
4)マルコス
エンジンの進化
5)空気タイヤ
燃料

発展期 Part2
1885-1918
ヨーロッパ大陸
1)ダイムラー:
最初のモーターバイク
ダイムラーとベンツ

2)ベンツ:最初の車1
3)ベンツ:最初の車2
4)マイバッハとメルセデス
5)フランスの自動車
6)電気自動車
アメリカ合衆国
7)歓迎される自動車
アメリカの開拓者達
8)ヘンリー・フォード
Tモデルと大量生産

英国
9)自動車時代への参加
パイオニア
Vauxhall
10)英国社会と自動車
11)ロールス・ロイス
オースチン
ウィリアム・モリス

12)運転免許と登録証



自動車の歴史 Part3
自動車の歴史 Part4

自動車の歴史トップ
【フランスの自動車】
自動車はドイツで生まれ発展し始めたが、フランスも大きな遅れを取っていたわけではない。オートモービル、ガレージ、シャシー(車台)、ショウファ(お抱え運転手)、コンコース、クーペ、グランプリなどの自動車に関する用語のなかにはフランス語に由来するものが多くあることからも理解できる。
1894年に2人のエンジニア、レーヌ・パンハルドとエミール・レバソールはダイムラーエンジンを搭載した車を製作している。この時はじめて、エンジンは車の前側におかれ、車台の下を通る長い金属製のロッドで、後輪に動力が伝達された。これがエンジンで回されていると、連結されている後輪が回ったので、プロペラシャフトと呼ばれるようになった。
やがて多くのヨーロッパの自動車メーカーがこのパンハード・レベッサ(
Panhard-levassor)をコピーするようになり、それ以来、自動車エンジンは通常フロントに置かれるようになった。
この初期の開発時代においては、自動車メーカーはシャーシ(車体を支える金属製のベース部分)、エンジン、車輪、ステアリング機構とギアボックスを作っていた。ボディとなる車体は通常別の車体製造者(Coachbuilder)が作っていた。
1895年に裕福なフランスの貴族カウント・アルバート・デ・ディオンと鍵屋の使用人で後に腕の立つ技術者となったジョルジョ・ブートンの2人はダイムラーのものより2倍も早いエンジンを設計した。彼らはそれを自分たちで作った自動車の搭載した。これが、デ・ディオン・ブートン自動車(de Dion-Bouton)の始まりである。

フランスのPanhard-levassor車はエンジンをフロントにおいた最初の車である。また、1899年のフランス・ツアー・レースで優勝した車でもある。


アルマンド・プジョーはフランスの自動車創設メーカーの一つであるが、最初は金物屋兼自転車屋として出発している。1897年にプジョーは初めて小さなダイムラーエンジンをシートの下に配置した車を製作している。このモデルの空気タイヤとサスペンションは結構良いものであったが、ブレーキとステアリングはイマイチであった。特に、デコボコ道でステアリングをしっかり握っているのは至難の業であったと言われている。1910年、オートモービル・プジョーと“プジョー兄弟の息子達の会社”が合併しオートモービル・サイクル・プジョー社が誕生した。プジョーでは、1912年、世界で初めてエンジンにカム軸4本と1気筒4バルブを採用したPeugeot L76がACFグランプリで優勝している。
この年のパリ自動車ショーにブガッティ設計のPeugeot Baby第2号(Type BPI)を出品。6hpの同モデル(上写真右)
は1916年までに3095台が生産されます。

すぐ後に、ルイス・ルノーと彼の兄弟のマーセルとファーナンドが自分たちの庭の物置で、簡単な道具と装置だけで自動車を製作した。彼らはそれにディオン・ブートンのエンジンを搭載したが、その車は実によく走った。その後、彼らは他の車や、自分たち自身でエンジンも作り始めた。ルノーの車は、それまでの他のガソリン車よりもずっと軽いことを証明して見せた。19世紀のおしまいの頃になると、フランスでは100以上の自動車製造会社があった。彼らは1894年のパリ・ルーエン・レースに始まった長距離の自動車レースの隆盛により、活気づけられていた。1906年には最初のフランス・グランプリが実施された。
蒸気自動車もまだこの頃まで製造されていた。実際に、蒸気自動車の方が数も多かったし、非常に改良も加えられていたので、ずっと効率的であったし、速度もガソリン車よりも速かった。
トヨタ博物館探訪
あまたの初期のフランスの自動車会社の中には、シトロエレン(後に、前輪駆動自動車の多量生産会社となっている)やタルボット(Talbot)などもあった。タルボットはアドルフ・クレメントと彼のイギリスの友人でソール図ベリーのタルボット伯爵によって設立された。彼らの車はスタイルと速度で大変評判が良く、1913年にはイギリスの有名なブルックランド・レーシング・サーキットで1時間で100マイルを走行した最初の車となった。
その他の国もすぐにドイツやフランスに追従するようになり、オランダでは、ダフ・アンド・スパイカー(Daf and Spyker)が誕生し、イタリアでは、ランチアとアルファーが、アルファー社は後にナポリの若く優秀なエンジニアであるロメオの会社とと合併してアルファロメオ社となった。
ジョバンニ・アグネリはトリノの自分の町で自動車会社を設立した。この会社はFabbrica Italiana Automobile Torinoと呼ばれたが、イニシャルを取って,フィアット(FIAT)として有名である。