自動車の歴史 Part2-1
自動車の歴史 Part1
1)自動車の起源
ニコラス・キューニョー
蒸気自動車
2)自動車輸送の問題
レッドフラグ法
3)自転車
内燃機関エンジン
4)マルコス
エンジンの進化
5)空気タイヤ
燃料

発展期 Part2
1885-1918
ヨーロッパ大陸
1)ダイムラー:
最初のモーターバイク
ダイムラーとベンツ

2)ベンツ:最初の車1
3)ベンツ:最初の車2
4)マイバッハとメルセデス
5)フランスの自動車
6)電気自動車
アメリカ合衆国
7)歓迎される自動車
アメリカの開拓者達
8)ヘンリー・フォード
Tモデルと大量生産

英国
9)自動車時代への参加
パイオニア
Vauxhall
10)英国社会と自動車
11)ロールス・ロイス
オースチン
ウィリアム・モリス

12)運転免許と登録証


自動車の歴史 Part3
自動車の歴史 Part4

自動車の歴史トップ

1885-1918 自動車の発展期】

【ダイムラーとマイバッハ:最初のモーターバイク】
ゴットリーブ・ダイムラー(Gottlieb Daimler)と友人のウィルヘルム・マイバッハ(Wilhelm Maybach)は石油(ガソリン)と空気の混合ガスが石炭ガスと空気の混合ガスよりもずっと優れた爆発を起こすことを発見した。1885年に、2人はオトーの会社をやめ、カンスタット(Cannstatt)に自分たちの会社を設立した。彼らはオトーの会社で組み立てられていたものよりも、もっと馬力があり、ずっと軽量なガソリンエンジンを設計し始めた。
石油(ガソリン)と空気の混合ガスを爆発させるためには、強烈な熱が必要であった。初期のダイムラーのエンジンでは、プラチナ製のロッドの一方の端をシリンダーの内部に、他端を外部に出るように配置し、この外部に出た部分をアルコールランプでロッド全体が真っ赤になるまで熱してシリンダー内部のガスに点火した。この方法は「フレーム点火法」とか「熱チューブ点火法」として知られるようになった。
1885年の末に向けて、ダイムラーとマイバッハは彼らのエンジンを木製の二輪車に搭載し(右写真参照)、ダイムラーはこのモーターバイクでカンスタット(Cannstatt)周辺の道路を乗り回すことに成功した。
ダイムラー
マイバッハ
ダイムラーによる世界最初のモーターバイク
【ダイムラーとベンツ】
ダイムラーとベンツは一度も出会ったことがなかったが、一般的には多くの人によって2人を合わせて自動車の父と考えられている。
 ダイムラーは1834年にパン屋とワインバーのオーナーの息子として生まれた。最初はイギリスを含む幾つかの国の多くの会社で技術者として働いていたが、その後、ドイツに戻って蒸気自動車や橋、ペーパーミルの部品を製造していたDeutzのニコラス・オトーの会社の技術マネージャーとなっている。
一方、ベンツ(Karl Friedrich Benz)は1844年、ドイツのBaden に生まれた。生まれてすぐに鉄道員である父親を亡くしており、母親の腕一つで育てられた。母親は多大な犠牲を払って彼を工業専門学校に入れ、数学とエンジンの設計を学ばせた。彼はカールスルーヘ技術工房の組み立て工として穏やかなスタートを切った。その後、機械エンジニアになると決心した彼は、20代後半で自分自身の工房を設立した。
ベンツ
トヨタ博物館探訪