自動車の歴史 Part1-2
自動車の歴史 Part1
1)自動車の起源
ニコラス・キューニョー
蒸気自動車
2)自動車輸送の問題
レッドフラグ法
3)自転車
内燃機関エンジン
4)マルコス
エンジンの進化
5)空気タイヤ
燃料

発展期 Part2
1885-1918
ヨーロッパ大陸
1)ダイムラー:
最初のモーターバイク
ダイムラーとベンツ

2)ベンツ:最初の車1
3)ベンツ:最初の車2
4)マイバッハとメルセデス
5)フランスの自動車
6)電気自動車
アメリカ合衆国
7)歓迎される自動車
アメリカの開拓者達
8)ヘンリー・フォード
Tモデルと大量生産

英国
9)自動車時代への参加
パイオニア
Vauxhall
10)英国社会と自動車
11)ロールス・ロイス
オースチン
ウィリアム・モリス

12)登録とライセンス


自動車の歴史 Part3
自動車の歴史 Part4

自動車の歴史トップ

【英国が直面した蒸気自動車創世記の問題点】
将来が約束されたかに見えた蒸気自動車ではあるが、1860年までには英国では蒸気自動車は実際にはすっかり姿を消してしまった。英国における初期の道路輸送の失敗は、馬車(一部汽車を含む)の重要性を損なうような事態への反対運動を広めた団体によるものであった。
ターンパイク・トラストは、馬車引きの客車を走らせる業者から利益を得るばかりでなく、道路を維持するためといって高い料金を旅行者から徴収した。彼らにとって最も良いお客の減少に対して全く理解しようとしなかった。また、トラストは重い蒸気自動車による道路への損傷を純粋に心配して、新しい乗り物の利用者は道路を使う際に高い料金を支払うべきだと考えていた。したがって、蒸気自動車は馬車の20倍以上の利用料金を支払わなければならなかった。

【レッドフラグ法】
英国の自動車輸送において最も大きな打撃は、1865年に国会が蒸気自動車法(レッドフラグ法)を通過させたことだった。この法律は、蒸気自動車の速度を郊外で時速8km、市内で時速3.2kmに規制すると共に、乗客の乗車を禁止して荷物のみの運搬とすること、車重は12トン以下とすること、更に多くの道路橋の横断禁止などが盛り込まれていた。最も悪いのは、この法律に蒸気自動車の乗務員を3人とすることを義務づけ、そのうち1人は自動車の前を歩いて、自動車が近づいてくると旅行者に赤旗を振って危険を周知させることを義務づけた点だった。蒸気自動車がうるさくて汚く、人や動物をまるで脅しているように見えることを発見した農夫や地主、一般の旅行者なづから蒸気自動車への反対運動が起こった。蒸気エンジンは汚くて、重くて、不経済であった。スタートするのには長い時間がかかり、常に補給が必要であった。

しかし、蒸気自動車のパイオニア達は打ち負かされることなく、別の道を模索した。蒸気自動車はレールを選択し、そして鉄道へと成長していき、レッドフラグ法が施行される前に、駅馬車を駆逐してしまっていた。にもかかわらず、自動車の初期の活発な発展におけるこの遅れは英国の自動車開発の遅れを意味した。これに対して、ヨーロッパ大陸やアメリカでは着実に自動車の開発アイデアが育っていた。
トヨタ博物館探訪